カテゴリー: 読んだ本ログ

『数学の世界史』を読みました

久しぶりに趣味枠な本を読みました。

先に断っておくと数学は全くできない側の人間で、この本の後半はほとんど宇宙猫状態でした。 ただ、数学的な考え方自体は嫌いな訳ではなく、読んでてしんどいとかはありませんでした。

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『ナットとボルト 世界を変えた7つの小さな発明』を読みました

タイトルが面白そうだったのと、冒頭が面白かったので読んだ本。筆者もエンジニアの方で、実際に設計士として建築に携わっているようです(ザ・シャードというヨーロッパで一番高い建造物だとか)。

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『高い城の男』を読み返しました

ジークアクス、高い城の男なのでは?という感想をちらほら見かけるので読み返しました。

ずいぶん前に読んでるんですが、しっかり内容覚えてた訳ではないのと、直近でアンドロイドは電気羊の夢を見るか?を読んだので、ならば再履修を…という感じ。
アマプラ版の実写ドラマも見た記憶がありますが、完走はしなかったはず。記憶がごちゃ混ぜになってるので再履修も兼ねて…

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『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読みました

久しぶりに小説を読みたくなって文庫本コーナーをウロウロしてたら目に止まった本。
タイトルは知ってるけど読んだことは無い、という人が多そうな気がする。私の中では裸になっちゃおうかな(なっちゃえ)が第一に来ます。
映画「ブレードランナー」がこの作品を元ネタとして製作されているようなのですが、こちらも未視聴(割と別作品らしい)。

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『近代万博と茶 世界が驚いた日本の「喫茶外交」史』を読みました

タイトルに惹かれて読んだ本。

特に日本茶に詳しいわけでも無いんですが、明治維新後の日本と西欧の様子、そして当時の万博の雰囲気が分かる一冊です。
読み終えたのは大阪万博開会式前なのだけど、話を聞くにこの本に登場するような良い盛り上がり方をしてそうな気がします。

開国後の日本が万博に出展する目的は2つあったようで、「日本文化を海外に伝える」と「日本茶の輸出先を探す」というもの。
当時の先進国に非文明国と思われないように…という思惑と、単純に外貨獲得のため。ヨーロッパには既に中国やセイロンの紅茶が輸出されていたようで、日本はアメリカを向けにお茶の輸出を目論んでいました。日本茶をアピールする場として第二次大戦前まで幾度か出展していたようです。

初めは「茶道」としての文化を海外に見せるため…という出展で、茶器や茶室などを初めて見る西欧人に好評だったようです。茶器はその技法や芸術性、茶室の「侘び寂び」といった要素が刺さったようですが、この辺は今も昔もステレオタイプな日本像がウケたといった感じ。
出展を重ねるにつれて大がかりになっていき、スペースも日本庭園を再現した建築を行うために大工を派遣したり、給仕として名家の娘を公募したり(茶道の嗜みから気品、家柄まで審査されたり…と時代を感じる)と、民間からの協力もあって成功したことが伝わります。

同じようににお茶の販路を広げるための工夫も試行錯誤されていき、「紹介するために無料で飲めるもの」から「現地の人に合わせた喫茶店スタイル」とノウハウが積まれていったようです。輸送環境の整備もあり、販路開拓は成功していた様子。
今回の大阪万博もイタリア館の展示物が本気すぎるとか、各国の食べ物が日本レベルで楽しめるとか見ましたが(フィッシュ&チップスが美味しいのはおかしいとの説も)、今も昔も出展側は全力なのだろうと伺えます。

お茶とは離れるんですが、ウィーン万博のパビリオン建築途中にオーストリア皇后が鉋掛けされた木材を見て感激し、削り跡を記念に持ち帰った…というのが好きエピソード。
鉋って海外に無いし珍しいもんね…と思いつつ、先日伊勢神宮のせんぐう館に行った際に同じような展示があって、「これは確かに感激するな…」ってなりました。職人技ってすごい。

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『イギリス国王とは、なにか』を読みました

引越し準備が追い込みに入ってきたので、ストックになってしまっていた読んだ本ログです(読み終わったの2週間くらい前)。
例によって趣味全開の読み物です。何だかんだイギリスくんは憎めないのだ。

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『ヴィクトリア朝時代のインターネット』を読みました

インターネット老人なので…とかは関係なく、純粋にタイトルで気になってた本。
腕木通信から始まる通信の高速化と、その後の電信による世界のネットワーク化、それによる出来事を書いた本です。
元々書かれたのが1990年代末、その後邦訳が00年代に出されたものの絶版となり、改めて最近になって文庫版として出されたようです。

読む前は電信って局地的な通信に使われてたんじゃないの?と思ってたんですが、交換局を介してアメリカ各地やヨーロッパ、更にはアジアまで海底ケーブルを繋いでおり、まさに「インターネット」となっていました。
電信とインターネットの共通性を書いていて、初めは理解されなかったもののその有用性が広まると爆発的に普及していったり、一方で悪用されたり…というのも重なります。
違うのは回線交換が人力という部分で、ここに従事していたオペレーターの話なんかも載っています。仕事が無い時は外部のオペレーター同士で交流していた…というのも現代のインターネットでも重なるのかもしれない(これは職場に寄るだろうけど)。
また、ラストワンマイルを繋ぐために気送管が登場するんですが、これもスチームパンク創作だと思ってました。産業革命の真っ只中、蒸気と鉄道と同じくらい当時の人々の生活を変えていった電信…そんな18世紀末〜19世紀中頃の話です。

電信の普及は世界が縮まり、これによって世界各地の相互理解が進んで平和になるはず…という言説も支持されていたようで、MGS3のシギントさんが想像していた世界は100年前にも空想されていたようです。
残念ながら現代インターネットは悪徳金儲けや陰謀論ばら撒き装置に成り下がっていますが、当時はまだ不特定多数と通信するわけでは無いので平和的なエピソードが多め。
わるい使い方としては「競馬の結果が地方の販売所に伝わる前に電信で結果を聞き、勝ち馬に乗る」とかはあったようです。まだ郵便の時代なので、結果も鉄道で送られていたらしくその前だったら馬券が買えてしまったらしい。これが光の速さ(オペレーターを介すから実際にはもっと遅いにしても)で伝わるようになる…というのも、産業革命による大きな変化ですき。

符号を知ってなければ使えない電信も、誰でも使える電話が発明されると過去の産物となるように…と言ったところで本書の締めくくりに。50年程度で移り変わったのが長いと見るか短いと見るか。
冒頭に書いたようにこの本が書かれたのは90年代末と、インターネットが少しずつ普及しはじめた時期。現代の人間が読むとインターネットそのものは過去の産物にはなっていませんが、使い方は文字から音声、動画に変わったのはあると思います。一部の人しか使えなかった過去の産物として見るならパソコン通信の方が近いのかもしれない。個人的にはもっとのんびり静かなインターネットのほうが好きなのだけど…変化を受け入れられないのも良くないよね。
インターネットが過去の産物となるならもっと手軽に誰でも…という技術になるけれど、光の速さで通信できてしまうのを考えると残るは空間とかになるんですかね。今のところVRChatとかってモノ好きなオタクしか使ってない気がするし、VRモノ流行るって言われて何年経ってるのよというのはあるけれど…

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