不思議な北海道の旅

北海道に来ました。父親も来ているんですが、「宿屋で現地集合」という中々無い集合の旅です。

年度末の仕事に嫌気が差して観光へ…というのが無くもないんですが、主たる目的はお墓参り。ただ、世間一般のお墓参りともちょっと違うな…という日記です。

 

 

るーしん家、苗字が全国的にも珍しいのです。あんまり書くと特定されそうなのですが、特定されたらされたで文献が集まるんだろうか…?という気もする。
で、数年くらい前から父親が先代のことについて調べており、その全貌が明らかになってきた…というのがこの1年くらい。
色んな古文書を集めたり、私から見て高祖母にあたる人が歴代の家系図を編纂していたらしく、それらの史料を持っている血縁者とやり取りをしていたそうです。血縁者と言っても従兄弟や再従兄弟よりも遠いのですが…
その調査の一区切りとして北海道の伊達市へ古文書類などを寄贈に行く…というのが今回の旅。発起人は父なので私はただの付き添いなのですが。

そういう訳で、ここから先の話はほぼ自分用の備忘録。

学芸員の方も興奮気味に古文書の概要を話しており、割と貴重な史料だったようです。あとは武士が持ってるあれこれのモノとか。

 

どうやら亘理伊達家(伊達政宗の分家らしい)に仕えていた武士の家系の1つだったらしく、仙台藩に属する武家だったようです。父方のるーしん家自体は明治期に養子に入った血筋のようなのですが、家系自体は江戸初期に遡るようです。実際に年号が書かれた文書が残っていました。
その後戊辰戦争の旧幕府側に属していたため、敗戦後は北海道の開拓団に参加していたようです。 明治時代に北海道で見かける苗字だったようなのてすが、戦前辺りで分散したらしく詳しいことは分かっていませんでした。父が言うには家系図を見つけた辺りから段々と系譜が分かってきたらしい。
実際、今回お墓参りに行った先も墓石に刻まれているのは明治時代のものでした。中には名前が掠れて読めないものも。
この辺、私が日本史に詳しければ喜んで調査に協力していたのだと思いますが、残念ながら西洋史が好きだったので全く知識がなく。実は伊達政宗がどんな人だったかさえよく分かっていないレベル。

この調査に協力してくださったのが父と同年代の方で、分家筋にあたるそう。父とは何度かやり取りをしたり実際に会って史料を見せてもらったり、伊達市外に散らばった血筋の方々に連絡していただいたりと一緒になって調査をして下さったようです。
今回も伊達市内の案内をしてもらったりとお世話になりました。「親戚だから」とのことで協力してくださったそうなのですが、その血縁ははるか昔の話なので、快く引き受けてもらっているのはすごい話…。
古い地図を見ると家同士が近くだったようで、「昔からの付き合い」自体は間違っていないらしいです。

 

そんな訳で、何ヶ所かのお墓を巡り、集めた史料を返還することをご先祖様に報告する…という、すごく遠い代のお墓参りをしました。
話をまとめると父も協力者の方も本家筋では無いんですが、遡ると明治期に北海道開拓で活躍した血筋だったのは間違いなさそう。遠い話なので他人事にも思えますが、ここまで真相が明らかになったのは巡りあわせだとも思います。

平たく言ってしまえば祖父の終活として父親が始めたことなのですが、縁あってここまで辿り着いたようです。すごい行動力だね…。
これらの話を聞かされたのがお墓参り前夜だったので「そんな壮大な話だったんだ…」ってなりました。伊達家に仕えていたらしい、というのは以前聞いたことがあったんですが、江戸初期まで遡って史料が出てくるとは…中々無い経験というか出自なのだろうと思います。

…という話を聞かされていなかったのでゆったりする気満々だったんですよね。まさかこんな不思議な旅になるとは。
何も知らずもう1泊予約していたので、少しだけ観光して帰ろうと思います。

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